大判例

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仙台高等裁判所 昭和57年(ネ)208号 判決 1983年9月30日

控訴人(附帯被控訴人)

株式会社岩手日報社

右代表者

久慈吉野右衛門

右訴訟代理人

石川克二郎

山川洋一郎

被控訴人(附帯控訴人)

東洋貿易商事株式会社

右代表者

徳永子聖

被控訴人(附帯控訴人)

徳永子聖

右両名訴訟代理人

佐藤裕

照井克洋

主文

原判決中控訴人(附帯被控訴人)敗訴部分を取消す。

被控訴人(附帯控訴人)らの請求を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用(控訴費用、附帯控訴費用を含む)は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)らの負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人)は主文同旨の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人)らは「控訴人(附帯被控訴人)の本件控訴を棄却する。原判決中附帯控訴人(被控訴人)ら敗訴の部分を取消す。附帯被控訴人(控訴人)は附帯控訴人(被控訴人)らそれぞれに対し各金二三〇万円およびこれに対する昭和四九年九月一四日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。」との判決と仮執行宣言を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、次に附加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。但し、原判決二枚目裏末行から三枚目表一行目にかけて、「瑕疵があつたというべきなのであるが」とあるのを、「瑕疵があつたことなのであるが」と、同五枚目六行目から七行目にかけて「被告」とあるのを「原告会社」とそれぞれ改める。

一  控訴人(附帯被控訴人)以下単に「控訴人」という)の抗弁の追加

被控訴会社(附帯控訴会社。以下単に「被控訴会社」といい、被控訴人兼附帯控訴人徳永を以下単に「被控訴人徳永」という)は岩手県内各地の農民と契約して栽培させたにんにく(以下「ニンニク」という)を買取つていたが、代金不払を重ね農民との間に紛争を起していた。本件記事の内容となつた梁川ニンニク生産組合の場合には、ニンニク代金三〇〇万円を昭和四八年九月に支払わねばならないのに一〇〇万円支払つたのみで翌四九年三月になつて更に一〇〇万円支払つたものの残りの一〇〇万円については何ら正当な理由もなく支払を引きのばし、同年五月二〇日、七月二〇日と約束し直した期限をも徒過したのである。控訴人において他に類似の事例がないか調査したところ、北上市更木の山竹生産組合が昭和四八年に被控訴会社に栽培納入したニンニク代金五五〇万円のうち約三五〇万円が未払となつていること、また被控訴会社は大迫町農業協同組合に対し昭和四四年に契約栽培したニンニクを売渡さなかつたとの理由で債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟を大阪地方裁判所に提起し、一部勝訴の判決を受けたが、その一審判決の理由中で同組合に対する塩購入代金を支払つていないことを認定されていることが判明した。

このように本件記事内容は真実であり、また右のような被控訴会社の農民に対する姿勢、態度は正常ではなく、健全ということもできない。公共の利害に関しまたは一般公衆が関心を有する事柄については「公正な論評の法理」(英米不法行為法中名誉毀損の分野で認められる免責事由の一つ)が適用になり、私生活暴露や人身攻撃にわたらない限りいかに激越、辛辣な用語、表現によつてでも何人も主観的に正当と信じた論評を加えることができるのである。控訴人は取材を通じて被控訴会社につき信用のおけないあやしい会社であるとの確信を抱き、被控訴会社の代金不払をそのまま是認できないとの立場をとつて、その論評の意味も含めた本件見出しを掲載したのであり、これは公正な論評として違法性を欠くものである。

二  被控訴人らの補充主張と右抗弁に対する反論

1  被控訴会社はニンニクの契約栽培により岩手県の農民に現金収入の機会を与えるという功績をもたらした会社である。本件記事の内容となつたニンニク代金未払の問題は、本来ならば被控訴会社が梁川ニンニク生産組合に担保責任を追及して支払を免れることも可能であつたのに、従来の関係から善意をもつて代金を支払うべく努力していたのであつて、被控訴会社側の債務不履行ということではなかつた。山竹生産組合については代金決済が昭和四八年暮に完了し農民との紛争は生じていない。それなのに控訴人は本件見出しにより読者に対し被控訴会社が契約違反を累行し又は詐欺的行為をはたらいているかのような印象を与えた。

本件見出しは真実に反する表示となつているが、真実に反しないとしてもその表現自体が被控訴人らの名誉、信用を傷つけるものである。本件記事を掲載するにあたつて控訴人は被控訴会社側の弁解や説明をも聞くべきであつたし、見出しの文言の選定に慎重を期すべきであつた。しかるに花巻市二枚橋にある被控訴会社の事務所に赴きまた数回電話したのみで、不在であつたことによりそれ以上に被控訴会社側から取材する努力をしないまま記事掲載に至つたという取材活動の片手落ちと、見出し文言選定における配慮の欠如がこのような本件見出しを掲載する原因となつたのであり、過失のあることは明らかである。

2  控訴人は「公正な論評の法理」なるものに基づく主張をするが、公正な論評として保護を受けるためには論評の正当性を読者が判断し得る程度に客観的事実を示すことが必要である。しかるに本件においては論拠たる事実の重大部分が示されていない。従つて本件見出しは公正な論評とはなり得ない。

三  証拠<省略>

理由

一控訴人が昭和四九年七月二五日付岩手日報朝刊(一五面)に本件見出し(このうち大見出しはゴシツク体五段抜き、中見出しは二行にわたり四段抜き)を含む本件記事を掲載したことは当事者間に争いがない。

被控訴人らは、ニンニク残代金を支払わないことにつき正当な理由があるのに本件見出しは本文と相俟つて被控訴会社側の債務不履行であるとの内容となつていて真実に反するのみならず、大見出しは被控訴会社が詐欺を行う不良業者であるかのような印象を与える表現となつているため、被控訴人らの名誉、信用を著しく失墜せしめると主張し、一方控訴人は本件見出しが真実に反するということはないし、また大見出しの表現もニンニクに関連せしめた掛詞的表現であつて、被控訴人らの名誉、信用を害するものではないと主張するので、まず本件見出しを含む本件記事内容の真実性につき判断する。

被控訴会社と梁川ニンニク生産組合とのニンニク栽培に関する契約内容、その履行状況に関する当裁判所の認定、判断は原判決六枚目裏九行目から八枚目裏五行目まで記載のとおりであるからこれを引用する。この認定事実と本件記事の本文とを対照すると、これに真実に反する点があるということはできない。ただ、取材の対象が組合側だけで被控訴会社からの取材が無かつたため、双方からの取材結果に基づいた記事ではなかつたが、組合員が認識していた被控訴会社の主張内容も掲載されていてこれは被控訴会社が主張するところと大要において同じであるし、両者間の約定内容と今迄の支払例からみて、昭和四八年七月に納入したニンニク代金が昭和四九年分の収穫時期になつても精算されないでいるため、生産者が不満を抱き不安になつているという情況は正にそのとおりであるから、片寄つた不当な記事であるとはいいがたい。本件見出しも、その用語、表現方法の点を別にすれば、本文に無いこととかこれと遊離した事柄を表現しているわけでないから内容が虚偽であるということはできない。

二次に本件見出しの用語、語句など表現方法が被控訴人らの名誉、信用を害するものであるか否かについて考察する。

本件見出しから「“クサイ”大阪の貿易会社」という大見出しを除外してみると、本件見出しが何ら被控訴人らの名誉、信用を害する表現方法とはなつていないのであつて、その理由は原判決九枚目一一行目から同裏一一行目までに説示するところと同じであるからこれを引用する。そうすると、大見出し自体の文言が独立して、または大見出しがあることによつて本件見出しが被控訴人らの名誉、信用を害するような違法な表現であるか否かに判断の対象が絞られることになる。

見出しは簡略かつ端的に内容を表示し読者の注意を喚起して本文を読ませようとするものであるから、その性質上多少刺戟的なものになるのもやむを得ないところであり、その程度に止まる限りでは違法とはならないと解される。

「クサイ(くさい。臭い)」という言葉には「いやな臭いがする」「怪しい」という意味があり、その「怪しい」というのは「疑わしい」「けしからぬ」「不思議だ」ということを意味するから、本件の大見出しは「疑惑のある大阪の貿易会社」とか「けしからぬ大阪の貿易会社」という字句を用いた場合と同じ意味を示すことになるが(但し、通常はこのように字数の多い大見出しを見かけないのは経験上明らかである。)、右の字句を用いた場合と「クサイ」という字句を用いた場合とでは読んだ者に与える印象が異なるのは当然であり、後者の方が読者の視覚に強く訴えるであろうということはできるが、<証拠>によると、本件がニンニクの栽培契約に関する事柄であるから、読者の興味を引くためにそのニンニクのにおいに関連づけ「農民プンプン」という字包と対比させて「クサイ」という言葉を用いたのであつて、被控訴会社をことさらに不良会社と印象づけようとする意図の下に右の字句を用いたのではないことが認められ、客観的にも、この説明どおりに理解できるし、また「ごまかし」とか「詐欺」といつた断定的な言葉を用いたわけでもないから、「クサイ」という言葉により被控訴会社が詐欺的行為を行ない、または契約違反を累行している不良会社であると印象づけられるということにはならず(なお、本文を読まない限り大阪の貿易会社が被控訴会社であるということは判らないのである)、これが被控訴会社の名誉を傷つけまた信用を失墜せしめるような違法な表現であるということはできない。

<証拠>によると本件記事が掲載された後に被控訴人徳永が取引先の生産者のところを訪れて本件記事の内容が間違つていると説明したことが認められ、これは本件記事により他の生産者にも被控訴会社との取引に対する不安が生じた結果によることと推察されるが、本件記事が虚偽でないことは前述のとおりであるから、これをもつて本件見出しが違法であつたということにはならない。

三よつて、控訴人に対し慰藉料の支払を求める被控訴人らの請求は失当であり本件控訴は理由があるから、原判決中右と一部結論を異にして被控訴人らの請求を認容した部分を取消して被控訴人らの本訴請求を棄却し、また被控訴人らの附帯控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(輪湖公寛 小林哲二 斎藤清実)

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